古典の日朗読コンテストや関西朗読コンテストで審査委員長を務められ、
元近畿大学舞台芸術教授、日本演劇学会副会長でもあった
演出家 菊川德之助氏から、京ことば源氏物語によせてお言葉をいただきました。
一千年前の「源氏物語」を読んで理解するのはなかなか困難である。だがそれが声で発せられることによって、人物の心の動きや源氏物語の中味を味わわせてくれ、京ことばで語ることによって標準語で表現できないところも、心のひだまで伝わってくる。しかも一般的な朗読調ではなく、京ことばに【女房語り】を加えたこの語り会は、山下智子と源氏物語の魅力を遺憾なく見せている。
若い世代には、古典文学への距離は遠いものと思われるが、原文を「読む」のとは違って、山下智子の京ことばの「語り声を聞く」ことで、一千年を越えて若い世代の感覚にも飛び込んでくる。
また語り会では原文も語られる。このリズムを聴くと一千年前の古典が身近に感じられる。
語り会の会場が毎回魅力に溢れる由緒ある邸であったり、庭の見える寺院であったり、源氏物語ゆかりのお寺であったり、その借景は古典の雰囲気を盛り上げる。
今後はCD、DVDの製作、雅楽舞楽との競演など、小さな語り会からより大きく深く源氏物語の世界を味わってもらう活動を広げてもらいたい。
2021年4月拝領
『京ことばで語る源氏物語』
宗教学者 山折哲雄先生
『公研(めいん・すとりいと)』より抜粋 2010 年
・・・「源氏物語」といえば、若いころから手に取っていたのが谷崎潤一郎の現代語訳である。
が、いつごろだったろうか、谷崎はなぜそれを京ことばで翻訳しなかったのか、という
疑問をもつようになった。王朝時代の人間模様を映しだすのに、いくら何でも標準語は
ないだろうと思ったのだ。そういえば与謝野晶子のも円地文子のも、みなそうだった。
そろいもそろってどうして共通語などと言うおかしな世界になびいてしまったのか。
とりわけ、あれだけ京都と関西の生活を愛したはずの谷崎までが、という思いがつのった
のである。「細雪」でも、美しい上方のことばが使われているではないか。
もう十年ほど前のことになるだろうか。京都にお住まいの源氏学者、中井和子先生が、
十数年の歳月をかけて「源氏物語」全篇を京ことばで現代語訳されていることを知った。
さきごろ、京都の東本願寺別邸、涉成園で「京ことば・源氏物語」を朗読する会が催
された。語り手は山下智子さんで、生前の中井和子先生がもっとも信頼されいていた方
である。京ことばの美しいリズムとやわらかな言葉遣いにのって、私のからだがそのまま
王朝時代に飛翔していくような快感に包まれた。石川丈山と小堀遠州の手の入った庭を
背景に、久しぶりにこの世ならぬ時空の旅を楽しませてもらったのである。今では中井さ
んの遺書となってしまった「現代京ことば訳 源氏物語」全巻を、これからも語り続け
るのだという。・・・・・・